小岩井農場のこと

小岩井農場へは友達が勤めているということもあって何度か行ったことがありますが、今回【ガイド付きツアー】という70分のバスツアーでこれまで見たことが無い地域へも案内していただき、「これまで小岩井農場について何も知らなかった〜。」と思いました。

股関節症のお仲間のさくらさんとMさんと丸の内でランチをしたことがあって、その帰りに一人で三菱一号館美術館に寄ったことがありました。その時に小岩井農場の展示をしていて、そこで初めて小岩井農場は三菱の岩崎氏が出資してできたこと、岩崎氏のお名前の<岩>が入っていることを知りました。

今回、星見の観望会の後半、雲がでてきてしまって他の方達はあきらめて帰ってしまったので、天文台長のS氏と雲に覆われた空の元でお話する機会ができました。三菱と小岩井の関係を美術館で知ったこと等を話したら、鉄道庁長官だった井上勝さんという方が荒れ地だったところを鉄道用地として潰して来た緑の償いに‥と始められたことなどを御聴きしました。

この創業者の想いは是非ともお伝えしたいです。小岩井農場の歴史
火山灰で土壌が悪く、石灰をまいたり水はけが悪いのを改良したり色々手を尽くして今があるのだそう。色々な作物を植えたけれどことごとく失敗して、今の牧場にこぎつけたのだそうです。日本人の体格が欧米人に比べて貧相なので牛乳製品を‥ということでもあったそうです。小岩井で作った製品を出荷するだけではまにあわないので乳牛そのものを全国に送り出したのだそう。

こんな緑豊かな土地が実は人の手によって緑化されたものだとは‥。そうしてみると「みんなの歌」の「大牧場は緑、草の海、風は吹くよ。おお牧場は緑、よく繁ったものだ。」という歌詞の重みも増してくるように思えてきます。

バスツアーの最後に世界でも珍しいという100年の法正林という所にご案内いただきました。平成22年から21年、20年という風にさかのぼって植林された松がお行儀良くならんでいます。最近植えられた松は背が低いですが昭和63年ぐらいになるとかなり背が高くなってきています。白い標識に「平成〇〇年」と書いてある区切りごとを見ながら、タイムスリップしていくようで「母が亡くなった年。」「結婚した年」その年に植えられた松の木なのだなぁと思ったら、最近涙もろくなっていることもあって目がウルウルしてきてしまいました。植林してから100年後に伐採するのだそうで、昭和30年代に始まった事業「最初に植えた松を伐採するのは52年後のことになります。」とのことでした。後ろの座席の女の子が「私が58歳になったときだ!」と嬉しそうに声を上げていました。私はもうこの世にいないなぁ‥と思いました。そんな風に100年先をみすえていることが素晴らしいと思います。

一日目は快晴だったので外で羊ショーを見たりして翌日のバスツアーの申し込みをして帰りました。申し込み順の席順だったようで一番前の左のA-1という席。フロントガラス越しに見えたり、主に案内していただく建物などが左側の車窓から見えるものが多くラッキーだと思いました。こちらのツアーで見た建物などがハイキングコースとして写真がアップされていますので良かったらそちらをご覧くださったらと思います。まきば園だより

ツアーはバスで巡るので「もし雨が降っても大丈夫。」ということで一日目に羊ショーを見たのですが、シープドッグが柵に羊を追い込むだけじゃなくて、<羊飼いのお姉さんと羊と牧羊犬の物語>になっていて、ナレーションどおりに展開していくのでした。最後に「羊さんたちは丘の上に帰って行きました。」と読み上げたところで、羊の群れがフリーズしたみたいに動かなくなっちゃって「帰って行く予定です。」と言い直したのもご愛嬌で笑えて楽しかったです。

羊ショーをする場所が天文台の裏ということで「ちょっと離れているけれど大丈夫?トラクターバスがあるから聞いてくるからここで待っていて。」と言われて待っていたら、友達は車椅子を押して戻ってきました。せっかくなので乗せていただきました。すごく遠いのかと思ったらそうでもなくて、私はどれくらい離れているのか先がよめないし、彼女は私がどれくらい歩けるのかよめないし‥みたいなことで心配して車椅子を用意くださったようでした。でも砂利の坂道‥みたいなところは押すの大変だと思って降りて歩きました。そんな急斜面じゃないのだけれど先が見えないので坂の手前で引き返しちゃう人が多いのだと天文台のスタッフの方が言っていました。

股関節症だったとしても、行きたい所に自分の足で行ければ有り難い話だと思います。この日は7000歩強歩きました。車椅子にのせていただかなかったら9000歩近くなってしまって私にはオーバーワークになってしまったと思います。自己管理に歩数計はやっぱり必需品だと思いました。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-09-13 22:31

9月13日 昨夜のボサノバライブ

赤羽さんは現在はプロのフルーテイストですが、最初にお会いしたのは斎藤ホテルのフロント。初めて斎藤ホテルに<お試しプチ湯治>と自分で勝手に名付けて出かけた時にフロントの方に「赤羽さんいらっしゃいますか?」と呼んでいただいて、ホテルの制服(だったかしら?)スーツを着て出て来られた時のことを昨夜は感慨深く思い出しておりました。「赤羽さんのブログにコメントを書き込んだ〇〇です〜。」と自己紹介。

ブログのパート1の最初の方からおつきあいくださっている方しか赤羽さんのことはご存じないと思うのであらためてご紹介しておきます。私が「温泉ホテルでプールがあってトレーニングルームもあるような自分が股関節のリハビリができるような所ってないかしら?」とキーワードとして温泉とか温泉プール(プールがあっても水道水の所も多い)トレーナーなど色々入れて検索したらカケユ温泉斎藤ホテルが見つかりました。2007年の年の初めのこと。ご近所のお年寄りが玄関先に「近頃あんた足が悪いようだが温泉に行ってごらん。」とわざわざ言いに来てくださったことが「温泉に行ってみようか。」と思った動機。

ホテルで毎週金曜の夜にロビーでのコンサートを担当していた赤羽さんのスタッフブログを読んだことが斎藤ホテルに行く直接のきっかけになりました。彼女はフルートを吹くということに加えて股関節症でもあるということなのでした。ちょうど自分が(股関節症とは別ブログ/すでに削除済み)ブログに「笛の起源は骨」というようなことを書いた頃に、彼女も同じようなテーマでブログを書かれていました。(人間の大腿骨って笛になるのだそう。)

ロビーコンサートでご自身も時々フルートを客演するようになり、斎藤ホテルに演奏に来られたブラジル音楽の今井遼太郎さんとの出会いがあって今日ブラジル音楽をメインとするフルーテイストになっています。華やかなフルーテイストがステージに登場するのに跛行しているようだと悲しいので彼女にはいつまでも今の奇麗に歩ける状態をキープしていただきたいと心から思います。昨夜お会いしたら「6。5キロ体重を落としたんです〜。」とのこと「えらい!」と私。

二年ぶりにお会いしてそう変っていると思わなかったのですけれど、you-tubeに昨年の演奏の動画があるのを見たら確かに私が知っている彼女よりかなり丸くなっちゃっています。現在元に戻った感じなのかもしれません。ご承知のように股関節にかかる重さは三倍とかいいますから6キロ減らせば18キロ負担が減ることになります。私もそれを聞いてここのところ頭皮ケアだとかタンパク質摂取だとかに気持ちが傾いていましたけれど「やっぱり体重はもう少し落とそう。」と思いました。

演奏も昨年の動画を見てもこの一年目覚ましい進歩のように思いました。勿論もともとお上手ではあったのですけれど、身体の芯からプラジル音楽が湧き出てくるような雰囲気。ポルトガル語も習ったりダンスも習ったり、色々な角度からブラジル音楽を表現する努力、アプローチを楽しんでなさっている様子に聞いている私も幸せな気持ちになりました。

ひと月に二回満月があるブルームーンの話もMCの中であって、昨夜のバーにブルームーンというジンベースのカクテルがあったのでお願いして作っていただきました。「強いですよ。」とご忠告いただきました。ブルームーンというからには青いのかと思ったら薄紫、「ラベンダー色」と思わず言ってしまいました。確かにドライな口当たりでしたが美味しかったし心地よく酔いが回って、「男と女」で始まった後半もすごくご機嫌で楽しんできました。‥で帰宅は11時半を回ってしまっておりました。

嬉しいとおもったことに<おいしい水>でポルトガル語の辞書を引いても意味がわからなかった単語は(ある地域の?)神様のみ名なのだそうです。(アグアジベーベーのあとにつくcamara という言葉)それに「直訳すれば<飲み水>になっちゃいますよね?」というようなことも。<渇きを癒す>ということで喉の渇きと愛情を求める渇きを重ねたような意味合いという解説をしていただきました。永年の疑問がとけてすごく嬉しかったです。(追記;ネットで調べてみたら神様というのもありましたが「友よ」という説もありました。)



赤羽さんは股関節症にならなかったら出会わなかった人のお一人。出会いって不思議。「私ずっと〇〇という女性フルーテイストが一番好きだったのですけれど、今夜からは赤羽さんが一番好きなフルーテイストになりました〜。」と申し上げました。ボサノバフルートだったら赤羽さん!と思います。この5年でクラシックから転向してボサノバを<聴かせる演奏>への進歩は目覚ましいものがあります。私はこの5年間何をしてきたのだろうか?ともふと思っちゃったのでしたけれど。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-09-13 09:24

小岩井から戻って その2

今回の旅行、星も雲が出てくる前に観望できたのを始めラッキーなことが多くて「これからの人生も大丈夫!」みたいに思っているところです。

一泊目は小岩井農場近くのペンション•アルカデイアにシングルがあるのを見つけて予約いれてあったのですがツインの角部屋(窓が二方向)に通していただきました。「シングルの部屋は反対側で星があまりよく見えないので。」とのこと。<小岩井で星の観望会に出ます>とメールしたのでご親切にそうしてくださったようです。ペンションでお風呂までついたお部屋って始めて。プチホテルという印象の宿でした。ライテングビューローもあるお部屋の写真。引き出しが空いているのは「寝間着が入れてありますよ。」ということで開けてあったのをそのままに撮っちゃったんです。

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二日目には“つなぎ温泉•紫苑”にシングルがあるのを見つけて予約しておいたのですが、そちらも「シングルのお部屋は眺めがよくありませんので、ツインのお部屋でご用意させていただきました。」ということで御所湖が見えるお部屋に通していただきました。翌朝、廊下はさんで向かいのシングルのお部屋をお掃除していたので見せていただいたのですが、広さ半分ぐらいでユニットバス。ツインの方は洗面化粧台もお風呂とは別にゆったり用意されていますしトイレも別。同じ料金で眺めの良いツインに泊めていただけたってすごくラッキー。

小岩井農場の友達には「高い料金だして自宅近くのホテルに泊まるの勿体ない。三日間会えるのだし。」と私一人で泊まることにしてありました。その友達の叔母さまが亡くなられて急遽札幌に行くことになったので、私一人の宿泊にしてあった良かったと思いました。ご葬儀の話を聞いた時に「一人旅は慣れているので心配しないで。叔母さまとのお別れを心おきなくなさってきて。」とメールして一人旅のつもりになったのでしたが、八戸からの夜のフェリーで往復してきて一日目と三日目は一緒に過ごすことが出来ました。

肝心の星の観望会。「雲いきが怪しいので早めに始めます。」ということで天文ドームでの望遠鏡でベガとアルクツールスを見せていただいた後に、下のウッドデッキに降りて観望。「全国の天文台で望遠鏡を使って星を見るのはどこも同じようなことをしているはず。小岩井での星見は岩手山を控えてこの広い牧場でという所が他と違う良い所。」とのことでしたが、私もそう思いました。闇の中から羊のメ〜という鳴き声が秋の虫の声とともに聴こえてくるのどかな環境。盛岡の方の星明かりは植栽された杉木立でほどよく隠れて牧草地を前に広い広い空。何より嬉しかったのが寝椅子が何台も設置されていたこと。私は立って観望しているのは足への負担になるので(見上げていると首も痛くなりますし)簡易の寝椅子を持ち歩いているのですが、ここはあらかじめそれが用意されているのでした。

持参の双眼鏡で寝転んで星空を見上げながら、時々ノコノコ起きだしてはデッキの方での望遠鏡で見せてくださっている星を一緒にのぞかせていただく‥みたいなことで私には最高の条件でした。ボランテイアで解説に来られている方達も数名居て、40名ぐらいでの観望会なごやかに。星の解説も通りいっぺんではなく心がこもっていて「星の光は過去を眺めている」という私もいつも感慨深く思いながら眺めていることなどを上手に伝えていました。

途中から雲が出て来てしまったので帰る人も居て、最後まで残ったのは学校の宿題でカシオペアの日周運動を観察して書いて行くことになっている小学生の女の子がいる親子連れと私の4人。

中途半端ですがフルートの生徒さんが来られる時間なので、ここで一度アップします。つづきはまた後で。きょうは午後に三重奏のレッスン、その後に赤羽さん(元斎藤ホテルのスタッフ。現在プロのフルーテイスト)のライブに行ってきます。
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# by sky-lavender | 2012-09-12 09:43

9月12日 小岩井から戻って その1 

日記何度か書いてみたのですが、どうにもまとまりません。二泊三日でしたが内容があまりにありすぎてどれも書いておきたいと思うと散漫になってしまうし、出かける時から時間軸に添って書いてみたら自分にとっては一つ一つが心に刻まれた思い出でも書き並べてしまうと「どうってことないじゃない?」みたいになってイマイチ。<ブログを書くのってこんなに難しかった?>みたいになってフリーズしちゃった感じです。股関節症のブログなのだからその方面から書き始めるのが良いのかと思い直して再チャレンジ。

大宮駅に着いたら新幹線乗り場に人があふれんばかりに居ました。次々到着する新幹線にドヤドヤ乗り込むのだけれどまた大勢押し寄せる‥みたいな感じ。お盆やゴールデンウイークのよ混雑ぶりにビックリ。例の大人の休日倶楽部の<15000円乗り放題>の切符のためのようで、定年退職なさったような世代のご夫婦や、グループがほとんどのようでした。

小岩井農場へは盛岡から路線バスが出ていますが、「秋田新幹線が雫石に止まる。」と教えていただいて、友達との待ち合わせはそこになりました。小岩井駅のお隣の駅で、小岩井農場まで(新幹線の止まる)最寄り駅。“こまち”と“はやて”が連結された新幹線は全席指定ですが「本日は満席」とアナウンスがありました。帰りは「予定がたたないから。」と指定券とっていなかったのですが、帰りに盛岡駅で指定券を取ろうとしたら<仙台の次が大宮>という最短時間で来る新幹線(全席指定)は売り切れ、仙台まで各駅に止まりその後も沢山とまる“やまびこ”なら取れるけれどそれも窓際はすべて売り切れ‥みたいなことでした。「盛岡始発だから並んで乗ればいいか。」と考えていましたがあまりの混雑に40分ぐら後の電車の指定券をとって帰ってきました。お隣の窓際の席の人が宇都宮で降りたら、その席に入れ替わりにサラリーマン風の人が乗ってきました。何しろ混んでいました〜。

雫石駅のホームに降り立ったらガラスのドア一つで外なのだけれど「改札は二階です。」ということでエレベーターもエスカレーターも無いのです。今回二泊三日で双眼鏡やら友達へのお土産やら重たい荷物を持っていたのでとても階段あがる気になれず「車椅子の人は係を呼び出してください」とガラスに書いてあったのを見て「車椅子では無いんですが、足が悪いので開けていただけませんか?」とお願いしました。「今一人しかいないので5分か10分待ってください」ということでしばらく待ってあけていただきました。ベビーカーの人も上がれないだろうし、海外旅行用みたいな重たい荷物転がしている人も多い時代、ちょっとコレは不親切のように思いました。ガラスに黄色い文字で書かれているのがその「車椅子の人は」の文字です。「ガラス戸一枚で外なのに〜」みたいな感じです。反対ホームの人はいずれにせよ線路を越えてこなくちゃ‥になりますがそちらはエレベーターがあるのかしら?

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そういえば何年か前の神戸•彦根への旅の時に米原駅が工事中で「こんな大きな駅なのにエレベーターが無い?」と思いながら階段をステッキバッグを持ってヨイショヨイショ登ったことがありました。まだエレベーターなどが無い駅も地方にはあるかもしれませんよね。スワニーの転がすバッグは杖がわりになったり(フレームがシッカリしていて)腰掛け代わりになったりして旅行には出やすいのですが、その分フツウのバッグより重いです。出かける前にバリヤフリー情報みたいなので駅の様子も調べておいた方が良いかもしれませんよね。

最近、車での移動が多くて、今回久しぶりにバスに乗る機会があったのですが、こちらも「バスのステップってこんなに高かった?」と思うぐらいで、そこをバッグを持ってヨイショと上がら無くちゃでした。屈曲が悪かったら上がれなそう。前に函館でお会いした人工関節になさった方は「バスに乗れなくなって40歳過ぎてから運転免許を取得なさった」と聞いたことを思い出しました。現実には乗れないことは無いのかもしれませんがこれだけステップが高いと(脱臼しそうで)怖いだろうと思いました。都会のバスはここまでステップが高くは無いような気がするのですがどうなんでしょう?
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# by sky-lavender | 2012-09-11 21:55

9月11日 小岩井から戻りました

二週間に一度のお灸から戻ったところ。図書館に何度かに分けて借りて来ていた睡眠障害の本を返却してで天体とバードウオッチング関係の本を借りてきたところです。今回の旅のことを振り返ると最近涙もろくなっていることもあって目がウルウルしてきてしまいます。

一番には高校時代の友人と再会できたこと。二年前にお母様を亡くされたり震災があったりして「どうしているかしら。」と思っていましたので、色々のりこえて元気で居ることをとても嬉しく思いました。雫石駅に迎えに来てくれていたのだけれど、彼女はそこで元同じ職場の人と何年ぶりかで再会してすごく歓びあっていました。何十年も盛岡で過ごして来てすっかり盛岡の人間になっているのだなぁと思いました。日頃はランチタイムしか開けていないというレストランに連れて行っていただいて、その日はたまたま近所の方達を招いて<サンマを食べる会>というのをテラスでなさることにしていたので、その傍らで彼女と私の分の夕食をご用意くださいました。

忘備録として日記に書き残しておきたいことが多く、読んでくださる方には退屈かもしれないと思いつつ旅の最初から書いておこうと思います。

自宅を出る時には雨、それもかなり激しくて駅などでは小降りになるのを待っている人たちであふれかえっていました。大宮駅に着いたら新幹線ホームは大混雑。大人の休日倶楽部の乗り放題15000円の切符の威力をかいまみた思い。私が乗った秋田までの“こまち”と青森までの“はやて”が連結された新幹線は満席とのこと。私は窓側の席。足下に荷物を置いて座っていたら「棚にあげましょうか?窮屈でしょう?」とご親切に声をかけてくださった女性が居て、お言葉に甘えてお願いしました。その人とお友達は通路はさんでの席だったので「お席代わりましょうか?せっかくのご旅行ですもの。私はここの席で居ることもないので。」ということで通路はさんだ席と交代しました。

お隣の席のご年配の方に「ご旅行ですか?」と話しかけたら77歳の喜寿の同期会に向かわれるところなのだそう。「60歳はまだまだ若いから今のうちにあちらこちら出かけたらいい。70過ぎると60代とは違うし、75過ぎるとさらに違ってくるよ。」と言っていただきました。故郷にご実家はあってももう次の世代になっているので、甥御さんに気を使わせてしまうしホテルに宿泊してご実家には寄らないのだそう。寄れば寄ったでおみやげなども大変だし‥みたいなことでした。

盛岡から小岩井へのバスで行くつもりでしたが秋田新幹線が雫石に泊まると友達から教えてもらってそちらから行ってみることに。雫石駅降りたらホームからガラス戸一枚開ければ外なのに「改札は二階です。」と目の前に階段が。結講重い荷物を持っていたので「車椅子の方はコチラから駅員を呼び出してください。」というのを見て「車椅子では無いんですが足が悪いので開けてもらえますか?」と御願いしたら「今一人なので5分か10分待っていてくだされば行きます。」ということだったので、待っていました。
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# by sky-lavender | 2012-09-11 11:40

9月7日 明日から小岩井農場へ

子供の頃、NHKで<みんなの歌>というのが始まったときの初回が「おお牧場は緑」というので背景が小岩井農場だった記憶があります。(最近、記憶の歪みが多いので誤りかもしれないのだけれど)今回小岩井農場に行くのは高校時代にスキー部で一緒だった友達を訪ねて。彼女は退職したのだけれどひきつづき小岩井で仕事しています。彼女のニックネームはメリーポピンズからの略称でメリポン。私は当時、中学からのニックネームを引き継いでガーコちゃん。これは私が何かというと口をアヒルみたいにとがらせていたのでドナルドダックからの連想。当時を思い出してアヒルの口のマネをしてみせると子供には受けるようです。

大人の休日倶楽部で東日本鉄道の乗り放題を利用して行ってきます。実は今回の小岩井行きは天文同好会から盛岡に戻られた方が居て「小岩井農場にもに天文台があります。」とメールいただいたことがきっかけでもあります。

天文同好会では遠征という日帰り(どこにも泊まらない)と年に4回泊まりがけで行く研修会というのがありますが、日帰りは夜中に観望してそのまま帰宅するので私にはハード、研修会も日程が決まっているので都合が合わなければアウト。‥なので観望会をしていて気楽に参加できるところがあったら理想‥と思っています。最近ペンションなどでスターウオッチングを売りにしている所もあって二カ所ほど行ってみましたが、それだけが目的で出かけた場合曇ってしまったらアウト。運動会みたいなことなら雨さえ降らなければいいわけですが星の観望会は雲がでていても無理。

今回の小岩井行きはそういう意味で天候が悪くても旧友と会えますし、その小岩井の天文台が良かったらこれからも大人の休日倶楽部で格安の時には行ってみることもできそうに思います。東京を控えた関東の空は光害で明るくて<降るような星空>はのぞめません。

プラネタリウムでよく「今私たちが住んでいる上空の星空」を映し出してから「山の上などにいくとこんなに星がよく見えます。」みたいに暗くすると場内からため息が聞こえたりします。それほどに都会の空は星が見えなくなっています。1999年の暮れ、スキーで骨折した夫を乗せて蓼科から浦和にもどってきたとき蓼科ではあんなに奇麗だった星が浦和ではビルの谷間にたった二つしか見えなくて、車降りて私は涙しました。それが土星と木星だったということを後に知ることになるのですが。

星を見に行くつもりでいるので10倍の双眼鏡も持参します。「星って望遠鏡で見るのでは?」と思うかもしれませんが、土星など単体の天体を見るのならそうなのですが、スバルなどを見るのならやはり双眼鏡です。星が沢山あつまっていてそれはそれは奇麗です。

双眼鏡をガラガラ転がすステッキバッグにも入れて行けないので背負いのバッグに入れて行くつもり‥ということできょうまた新たにkananaのバッグを買いました。三つ目になります。パスポートの更新に行った時に行く当てもないのに買って来たkananaのバッグを背負っておもいがけずポルトガルに行く流れになったのでした。このバッグがきっかけで<不思議発見>という番組を見ることにもなったのでした。

‥ということで小岩井に行ってきます!10日に戻ります。晴れますように!!

追記;すみません。カナナのバッグをカナユニと書いちゃいました。カナユニはフルーテイスト赤羽さんがよく演奏をなさる赤坂のレストランの名前なんです〜。
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# by sky-lavender | 2012-09-07 18:51

9月6日 シンクロ

夫はゴルフに出かけました。この近くの方々でゴルフの仲間が出来ていて何台かの車に乗り合わせて出かけるので集合場所まで車で送って行きました。ご夫妻でゴルフなさる方も多く、本来なら集合場所に夫を送ったら車から降りてご挨拶すべきところだと思うのですが、ゴルフをなさるような溌剌とした奥様方の前で車を降りて跛行して行くのが惨めな気がして、木陰に車止めて夫をおろして逃げるように戻って来てしまいました。

軽井沢ではめずらしいことですが昨夜は眠れずまた耳鳴り少ししています。前の夜に13時間ちかく寝ているのだから眠れなくて当然だとも思うのですが、「やはり眠れないとものの考え方は後ろ向きになってしまうなぁ。」と思いながら戻ってきました。私もゴルフスクールに一年ぐらいは通ったことがあったのでしたしゴルフ練習場のロッカーを借りてあってフリーで練習に行ったりしていたこともありました。夫の友人ご夫妻とコースをまわったこともありました。でもあんまりゴルフは好きにはなれなかったので今股関節症じゃなかったとしても夫と一緒にゴルフはしていなかったと思います。‥なので惨めに思うこともないはずなのに、子供の頃そういう大勢の中に入って行けなかったことがあって、そのインナーチャイルドのようなものがこういう時になると表面に出て来てしまうような気がします。

昨夜はめずらしくラジオをちょっとかけてみたらラジオ深夜便というので湯川れ○子さんが出演なさっていて、その話にひきこまれるように午前一時まで聴いてしまいました。エルビスプレスリーの35年目の命日に75000人ぐらいのファンがお墓参り、キャンドルに火をともして延々並んでお参りするのだそうです。湯川さんはVIPルームから一般のファンの方とは別の道を通って行く途中に会いたいと思っていた(その日は来ていないだろうと噂されていた)エルビスのお嬢さんに暗闇で会うことができたのだそう。彼女はマイケル○クソンと離婚して今のご主人様と結婚するときに和装で母親(つまりエルビスの離婚した妻)も黒留袖で新郎も紋付羽織袴の写真を雑誌か何かで見て「京都で結婚式を挙げたらしい。」とのことで京都の心当たりの神社を当たってみたけれどみつからなくてご本人に会った時に真っ先にそれを聴いてみたのだそうです。平安神宮での挙式だったらしいです。「そんなに日本が好きなの?」と聞いたら大好き‥というような話などなど、何しろ湯川さんじゃないと体験出来ないような話ばかり。

<あいうえお>の幸福論というのが湯川さんにはあって「会いたい人に会う。行きたい所に行く。嬉しいことをする。選ばせてもらう。美味しいものを食べる」だそうです。すごくわかりやすいですよね。私も「会いたい人に会う。」ということで大阪に行ったり新潟に行ったりしているわけですし、この説には素直に共感できます。「美味しいものを食べるといっても健康じゃなくちゃ美味しくありませんものね。」みたいなことも話されていました。

エルビスのお嬢さんのように「会いたい人に会える」みたいなことを「引き寄せの法則」じゃなくて「呼び寄せの法則なものってありますよね。」と話されていたようでした。そういう一億分の一みたいな奇跡があるという話。それに温泉大好きで「世界の温泉」についても色々話していましたし、砂漠などで見上げる満天の星空についても話していて、何しろ私の趣味とどこまでシンクロしているのか‥と思いながら聞いていたら最後に「締めくくりの一曲として選んできました。」とルイアームストロングの「この素晴らしき世界」を流していました。これもまさにシンクロで軽井沢に来る途中、ジャズボーカルのcdを聞きなが来たのだけれど「“この素晴らしき世界”にはなんだか泣けちゃう。」とコレを聞きたくてそのcdを選んだのでした。歌詞が素晴らしいですものね。勿論、曲も歌声も素晴らしいですが



私がよく「シンクロしている」と言ったり書いたりするので「貴女はよくシンクロと言うけれど、それは単なる偶然です。」とメールに書いて来られた知人がいます。シンクロって信じる人にはどんどん起きてくる‥というのを私は信じています。「信じられない人には確かに単なる偶然にしか思えないのだろうなぁ。」ということも理解できるのですけれど、シンクロは信じた方が人生楽しいような気がしています。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-09-06 10:56

9月5日 12年前

何でも捨てられない性分なので演奏会のチラシやら旅先で訪れた所のリーフレットなどをくクリヤファイルに保存しています。前のブログに12年前に天文同好会に入ったことを書いたこともあって、2000年と2001年の分を見直してみました。色々な物が出て来て「そうそう、こんなこともあったのだった。」と懐かしく思いながら、「今となっては不要」と思う資料などを処分しました。

2000年20001年が前回の天中殺だったのですよね。なんだか今年と似ているように思われて不思議な気がしました。ギターに魅せられていてギターの演奏会に沢山でかけています。㽵村さんや来日した(ギター四重奏)ロサンゼルスカルテットやフルートとギターの二重奏などのプログラムもファイルされていました。

我が家の周りが深夜まで騒々しくなり不眠症になったことがきっかけで郊外に家探しを始めた時期。「12年前にも睡眠障害おこしたのだった。」と思い出しました。「眠れなければ本でも読んでいれば翌日にはまた眠れるわよ。」と睡眠障害を経験したことない知人には軽く言われたりもしたけれど、そういうものでもなくて眠れない日が何日も続くと考え方も暗くなってきますし大変な思いをしたのでした。それがきっかけで「静かな所に引っ込みたい。」ということで郊外にわんこ連れで借りられる貸家を見に行ったりもしておりました。その貸家の間取りや地図などもファイルしてありました。

塩原の別荘地の案内と担当者の名刺がファイルしてありました。そちら方面にも探していたことすっかり忘れておりました。温泉付きなので(温泉大好きになっている今だったら)そちらの方が良さそうに思えたりもしてまいります。お湯の質もとても良さそう。ちょっと残念。こういうのもご縁なのでしょうけれど。丹心の湯

タラソテレピーのパンフレットも出てきました。当時、何かで3割引のクーポンをいただき行くつもりになっていた記憶もよみがえってきました。「12年も経ったらもう廃業しちゃっているかしら?」と思ったら、ちゃんと続いていて、近隣の宿泊施設などと提携したりもしているようです。当時は足のためというよりは不眠症等を改善するようなつもりで行こうとしたのだったと思います。今は「股関節症にもなかなか良さそう。」ということで行ってみたい気がしています。コチラ

こういうのも今の時代、ホームページを開けば情報は得られますしパンフレットの情報は古くなっているでしょうから処分しました。昨日から軽井沢に来ています。寒いぐらいで冬用のパジャマと厚い布団で寝ました。朝起きて「(下着代わりの)cw−xを持ってくれば良かった。」と思いました。昨夜は眠くて眠くて9時過ぎにはダウン。こちらにくると自宅で忙しい分、緑を眺めながらボーッとしています。収納庫にある昔のファイルを眺めながらの整理ぐらいがちょうど良さそう。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-09-05 14:39

9月3日 その2 昨夜の失敗談

昨日は天文同好会の例会で、私が議事録をメーリングリストで流す当番でした。以前はノートに筆記してきたものを帰宅してからパソコンでまとめながら入力していましたが、昨年薄いノートブックを買ってからはパソコンを持ち込んで直接議事を入力しています。12年前天文同会に入ったばかりの頃、そんな風にノートブックに入力している男の人たちを見て「すご〜い。」と思ったことを懐かしく思い出します。

当時はまだNECのデスクトップが我が家に一台あるだけで夫と共有で使っていました。(98チューターというのがついていてミツバチみたいなのがアニメみたいに出てくるのです。)「メーリングリストに登録します。」ということでメールアドレスを聞かれたときにも、当時携帯メールはまだ普及していませんでしたし、周囲でメールをしている人も少ない時期でしたから「さすが天文同好会!」と感心したのでした。

その頃から天文の知識もいっこうに増えませんし、季節ごとに時間ごとに星は巡って星座の向きも変るので主立った星座しかわからない万年初心者ですが、やめずに在籍しているので<連絡係>という役員を昨年からおおせつかりました。4人で担当しているので一年に三回だけ受け持てば良いのです。その順番が昨夜でした。

いつもの通りパソコン持ち込んで入力して帰宅しました。パソコン開いて作業中、誤ってその議事録を削除しちゃったのです。愕然として「どうしよう?」と焦りました。ラッキーなことに昨夜は地元の子供たちむけの星の観望会があって(私は先に帰って来たのですが)まだ他の方は残っていました。名簿を見て携帯電話の登録があって昨夜残っていた人に電話。書記がノートに記録してあるのを画像で送っていただき、それを元に記憶をたどって何とか補って仕上げました。議事の内容は覚えていても参加者みたいなことになると正確には記憶していませんでしたからすごく助かりました。これまで書記の当番が不明で記録していなくて「連絡係のメール配信内容を記録に残すことにしましょう。」みたいなこともありましたから、そういう時だったらアウトだったと胸をなでおろしました。

それにしても<携帯で連絡がとれる><カメラつき携帯で議事録を撮れる><メーリングリストを携帯で読んでいるので私のアドレスがわかって携帯から画像つきメールが送信できる>など数々の条件をクリアーして初めてできることなわけで、時代の恩恵を受けているとあらためて思ったことです。一昔前だったら考えられません。

今回の反省点として、他の連絡係は自分が記録した他に黒板に書かれた記録をカメラ撮影していたのを私も次回から見習うことに。自分の記録に誤りがあったときに照合すればわかるという利点もあります。パソコンは自動保存だからと安心していたけれど大事なものは作成後に複製をすぐ作ってハードに保存するようにしよう。企業じゃなくてもリスク管理みたいなことって必要そうです。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-09-03 11:16

9月3日 ホテル/サービスの朝食

今回、温泉病院に通うのに泊まった宿は、前回と同じラブホからのリニューアルのホテル。<無料の朝食サービス付き>ということになっています。<朝食付き>としてしまうと「有料なのだからもう少し充実したものに」みたいな要望も出るのかもしれませんが<無料サービス>となると「サービスしてもらえてラッキー。」みたいなことになりますものね。
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前回は洋食、今回は和食にしてみました。画像アップしてみますね。トレイにのせてお部屋に運んでくださるのが嬉しいです。足の調子が悪い時は<部屋から遠いバイキング会場>みたいなことになるとちょっと億劫ですから。朝食はお部屋に運んでくださいますが、こちらのホテル内にレストランはありませんし、徒歩圏内にもめぼしいところは無いので車じゃないと夕食などは不便だと思います。
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メリットとしては前にも書きましたがチェックアウトが午後2時ということと温泉病院から車で10分と近いこと。今回はまだ睡眠障害の体調不良みたいなものもあるようで何しろ<休養>しようと思っていました。一日目は理学療法から作業療法まで2時間ぐらい空いていたので理学療法を終えた後にチェックインして40分ほど寝ました。部屋は暗くなるので爆睡。スマホの目覚ましが突然鳴ったとき「ここはどこ?私は何しにきているの?」状態でした。

翌日も10時半には施術が終わる予定でしたから、前回<温泉に入らなくて忘れ物をしたような気分>だったこともあって、病院の帰りに近くの<みさかの湯>に行き温泉に入り、そこの食堂で冷やし中華などいただいてホテルに戻りお昼寝。理学療法、作業療法と続けてうけた後だったせいかまた爆睡。いつもは病院を出てそのまま帰宅するわけですが、こうして横になれるのはポイント高いです。みさかの湯は市の施設で混み合っていましたし、<掛け流し>では無いのでそれほど期待していなかったのですが部屋に戻ったらやはり身体の芯からぽかぽかして「水道水とはやはり違う。」と思いました。でも小さなお子さんが何人かキャーキャー騒いでいてゆったり温泉につかる‥という気分にはなれませんでした。

前回、寝静まってからのモーター音のようなものが気になって部屋を建物の反対側にしていただいたのですが、同じように響くのでした。昼間は外の雑音などもはいってくるせいかほとんど気にならないのに周囲が静かになるとやけに耳について眠れなくなります。朝おきたら8月11日以来の耳鳴りもあって「残念だけれど私には合わないかもしれない。」と思いました。やっぱりせっかく石和に行くなら温泉宿の方が良いようでもあります。すごく良ければ値段もそれなりにしますし「何もかも良い。」というところはなかなかありません。次回は湯村ホ○ルにまた戻ろうと思います。スクラッチ籤のついたお葉書をいただきながらここのところ当選葉書を二枚期限切れにしてしまっています。今度の当たり籤では赤/白のワインがいただけるのだそう。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-09-03 10:30

9月1日 その2 積極的休養

ある方から頂戴したメールに健康診断での身長がここ3年間で1.5センチ縮んでいたということが書かれていて、そうなる理由、例えば顎を上げた角度がちがったり膝が曲がったり‥というようなこともいくつか列挙されていました。

それを読んで思い出したこと、先日のアレキサンダーテクニークでアドバイスいただいたことを書いておこうと思います。もしかしたらそれも身長に関係してくるような気がしたものですから。例によって人から聞いたことを書くとニュアンスが変ってくると思うので「ラベンダーはそう受け止めた。」という感じで読んでくださいね。

施術台のようなベッドの上に横になって膝を立てた姿勢をとったときに、「この姿勢は背骨を休めるのでとても良いのよ。」ということでした。フラットに寝ると背中がそるようになってしまったりするけれど膝を立てることで背中が床にべったりつきます。(私は夜寝る時に足枕を膝の下にいれていますが、それも同様のことになると思います。)

その時に「こういう姿勢をとることは積極的な休養。」というようなことを言われました。疲れちゃったからダウンしちゃった‥というようなことじゃなくて<また元気で動くための前向きな休養>ということらしいです。‥なので疲れちゃう前に積極的に休みましょうということでもあるように思いました。

背骨ってクッションみたいなもので繋がっていて、それが重力の作用でいつも押しつぶされているので、横になることで縦の重力から開放して引き戻してあげるようなことにもなるのだそうです。一日の終わりにはクッションが押しつぶされてしまうのだけれど、それを夜寝ることでまた元に戻しているのだとか。‥なので昼間も機会があったらこまめに戻してあげると、年とともに背が縮んでしまう‥というようなことを防げるようなお話でした。

膝をたてると足先がすべっていっちゃうような気がするので、私は前からエゴスキューなどで勧めている椅子に足をのせて90度に保って寝ている‥というのを、思いつくとしています。出先から帰宅して「ああ疲れた」みたいなときに座ってお茶‥というよりはこの姿勢で寝転んで静かな呼吸‥みたいにしています。

きょうは34年続いているリコーダーアンサンブルの演奏会を聴いてきました。天文同好会の元メンバーで亡くなられた会員がそのアンサンブルに所属していたご縁で、冬にご一緒にお墓参りに行った流れでお誘いいただきました。私が所属しているフルートアンサンブルが10年で解散になることと重ね合わせながら聴いてきました。自分がフルートで吹いたことがある曲もあり初めて聴く曲もありました。月に一度の練習でここまで完成度が高い演奏ができるかと思うぐらい素晴らしい演奏でした。

アンコールは私が大好きな<めぐり逢い>でした。何気なくyou-tubeから載せたら、2分15秒あたりから天文同好会風の画像が連なっていてビックリ。オーロラや彗星や渦巻銀河‥。二年前の演奏会にはその(亡くなった元天文同好会の)知人も出演していたのだなぁとあらためて思ったりいたしました。

だいじょうぶ!

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# by sky-lavender | 2012-09-01 22:02

9月1日 フルートアンサンブル解散

昨日フルートアンサンブルの臨時練習がありました。私は出席できなかったのですが、その場で<アンサンブルの発展的解散>のお知らせがあったのだそうです。昨夜、主催者からあらためて全員にそのむねのお知らせメールをいただきました。10月の最初に、<アンサンブル結成10周年>の演奏会を<夜に練習しているアンサンブル>と私が所属している<昼間練習しているアンサンブル>が合同で地元のホールですることになっています。音楽祭のようなものや公民館祭りみたいなものに他の団体と出演するようなことはあっても自分たちだけの演奏会は初めて‥なので、それぞれに張り切っている矢先でしたので大変驚きましたし、ショック。

私は三重奏のレッスンや個人レッスンはやめても「最後まで続けることになるだろう。」と思っていたのがそのアンサンブルでした。30人近くメンバーがいるので4パートぐらいに分かれても一つのパートに6、7人居るので都合によってはお休みもできることも気がラクでした。でも皆がそう思って欠席してしまうこともあって、練習日によってパートの偏りがあって誰かが持ち分ではない別のパートを吹くようなことが多発しておりました。

最近は公民館など練習場所を借りるのも倍率が高く、本来は第一水曜日が練習日と決まっていたのですが確保するのが難しいということで練習日もイレギュラーになってきていました。選曲や、パート分けに始まって練習会場も変るのでその連絡‥「主催者のご夫妻はどんなにか大変だろうなぁ。」と思っておりました。<初心者中心>ということをうたっているのだけれどベテランの人が難しい楽譜を人数分提供してくださったということで背伸びして難しい曲にもチャレンジ、せっかく入った初心者が「ついていけない。」みたいなことだったり、ここのところ波瀾万丈だったように思います。

<発展的解散>というのは、最近アンサンブル内で気のあった者どうしが小編成のアンサンブルを作って練習を始めているから「そちらで活動を続けてください。」という意味合いなのだそうです。私たちの三重奏もその一つで、先生を招いてのレッスン日がそちらの臨時自主練習に重なって三人とも欠席したことがあったのです。他の二人はアンサンブルをいつも引張ってくださっているような技量の持ち主ですし「揃って欠席」を申し訳なく思ったりしているところでした。

結局は<出会いと別れ>の繰り返しなんでしょうね。三重奏のレッスンをやめようかと思っていたところでしたが、こうなってみると頑張って続けなくちゃ‥と思い直したところです。解散する時期としては演奏会をして華やかに幕を閉じる‥というのは思い出に残って素敵な終わり方だと思います。人数が減って自然消滅‥みたいなことより、ずっと良いですものね。

だいじょうぶ!



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# by sky-lavender | 2012-09-01 12:40

8月31日 温泉病院レポート

今回は温泉病院に行く日の朝、めずらしく股関節に痛みがありました。「症状が出ている時の方が施術受けるのに良いかもしれない。」と思って出かけました。一日目に理学療法二単位、作業療法一単位していただきました。理学療法終えた段階で歩く時にほぼ痛みは消えていました。翌朝起きたらすごくいい感じ。理学療法士さんに「私の場合、一日でこれだけ効果が現れるのだから入院して毎日施術受けたらどんなにか良くなるだろうと思うのだけれど、すべてを投げ打って入院という気になれないんですよね。」と申し上げました。

痛くて痛くてどうしようもなかったら<背に腹は変えられない>みたいなことで入院を決意するのかもしれませんが、私の場合、(有り難いことに)波はあっても何とか日常生活はおくれます。痛みがある日でも自転車や車の運転は平気なので杖をついていれば問題なく行きたい所には行けます。調子が良い時は自転車(三輪車)の時は目的地の前まで行けるので杖無しで出かけることもできます。‥なので今のペースで温泉病院に通いながら“だましだまし”股関節長持ちさせるようにして寿命まで持たせられたら‥と願っています。私の場合「奇麗に歩けるようになる」という以前に「生涯、自分の股関節を持たせる」というのが第一目標になっています。

今回ラッキーだったのは、理学療法士さんの時間が空いて二日間とも二単位受けられたこと。私がうっかりして本来29日には他の約束があったのに忘れて予定を入れちゃったのでしたけれど、何が幸いするかわからないと思いました。最初に私が希望した22日23日だと23日は療法士さんのご都合が悪く22日に一単位しか受けられないはずでした。それが今回四単位(こんなこと初めて!)も受けられたのですから。他の約束があったことを忘れて予定入れちゃった自分に自己嫌悪でしたが、かえって良い結果になっていた次第。「何が幸いするかわからない。」と思いました。

理学療法では痛みが出た箇所(内転筋のあたり)をお願いしました。恥骨の際の辺りにプレートをあてて施術してくださって「その位置を覚えて自宅に戻ってからもしてみます。」と以前プレートを購入して持っている私は言いました。女性の療法士さんだから遠慮なく施術受けられる箇所のように思いました。「ここにひっかけるの難しいですよ。」と言われましたが、他の人にしてあげるのは無理だと思うけれど、自分の身体で覚えて来ているので大丈夫そうです。それと足首の辺りもしていただいて「意外に下の方で引張っていましたね。」みたいなことでした。

作業療法の方は今回初めて、膝の外側あたりをほぐしていただき「そこって初めてのような気がします。」と言いました。踵に体重が上手にのるために、その辺りがほぐれた方が良いらしいです。そこからふくらはぎの方を施術していただき、これは足底版のアスケルの施術とかなり似ていると思いました。

足底版といえば、今回、温泉病院でお会いしたSさんが入谷式の足底版を見せてくださいました。ケイコさんのブログで以前ご紹介くださった所で人気で<順番二年待ち>と評判のところです。東京アスケルとは全く違いました。独特の方法で足にテープを貼っては歩く‥を繰り返して様子を見て、その人の歩き方の必要に応じた所を高くしてくださる‥というようなもので、1、5センチ幅ぐらいで何カ所も(数えてみたら10カ所以上)小さく高くなっていました。足の型をとったりはなさらないのだそうです。不思議な形の足底板でした。私も興味はあるのだけれど、お灸の先生に御聴きしてみたらそれぞれのコンセプトがあってしていることなので何種類も作らないで一カ所で作ったものでじっくり履きこなした方が良いというアドバイスいただいていますので入谷式は断念します。入谷式の順番を待っていると自分の天中殺に作る流れになりそうだったので<天中殺に買ったものは活きない>ということを信じている私は天中殺前に東京アスケルで足底板をつくっていただいたのでした。

きょう三輪車に乗ってみて、調子の悪い時は屈曲が悪くてつっぱる感じがあるのが全く無いどころか前傾も出来ます。前傾するとつっかえるような感じがいつもはあって「骨がぶつかっているのかしら。」と思っていたのだけれど、きょうのように前傾できるところをみると骨の変形のせいではなかったようです。

今回は一日目にお仲間のSさんとゆっくりお話できて嬉しかったです。お昼持参で病院の中庭の見える丸テーブルのある所で一時間ほどおしゃべりしました。翌日、温泉病院の玄関について「きょうはSさんはみえなくて私一人なんだ。」と思ったら、すごく寂しい気がしました。いつもは一人で全く平気なんですけれど。学生時代一人でアパート暮らしをしている時に母が泊まりに来てくれたりして帰った後に急に「一人」を感じて寂しくなったときの心情によく似ている<懐かしい心の痛み>でした。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-08-31 20:57 | 温泉病院

8月30日 山中湖に寄ってきました。

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昨日、ホテルでテレビをつけたら、ちょうど<いい旅夢気分>というので勝沼、富士五湖方面を取り上げており番組の最後の方をちょっとだけ見ることが出来ました。その中で百日草が一面に満開の様子などを見て「せっかく近くに来ているるのだから。」と山中湖近くの<花の都公園>に寄ってきました。温泉病院の行き帰りにこれまでも何度か河口湖に寄ることはりましたが、山中湖は初めてです。

車に乗るようになって初めて高速を運転したのがそういえば山中湖への往復でした。当時(35年ぐらい前)は富士五湖の有料道路というのはまだありませんでした。有料道路が出来て浦和へ帰ってくるのも早いです。温泉病院のある笛吹市(石和)からは高速を使わずに市街地などを通らない信号の無い走りやすい道ができていて一時間あまりで河口湖へ。河口湖大橋を渡って山中湖へ行けます。富士山は残念ながら半分以上雲の中でした。

お花、すごく奇麗でした〜。現地に着いたらスコールみたいな通り雨がちょうどやんだところ。ノルデイックウオーキングでまわりたかったのですが、傘も念のために持って降りたので片杖にしました。途中から陽がさして来て「傘じゃなくて帽子が必要だった。」と思いました。車に積みっぱなしの透明のビニール傘だったので日傘代わりにはなりませんでした。夏は晴雨兼用の傘が良い‥と思ったことです。

ひまわりも三十万本とか咲くらしいのですが、今年は三週間ぐらい遅れているのだそう。「8月の末から咲き始めて9月半ばが見頃」とありましたが、暑さが峠を越してしまうと咲かないで終わってしまったりしないかしら?と思ってしまうぐらいまだ背が低かったです。

インパチェンスに似たサンパチェンスという花も沢山咲いていました。圧倒されるぐらい見事でお花畑に入って人物とお花を撮影している人や本格的なカメラで接写している人たちも大勢居ました。何しろ広いので人がいない所もこうして写真撮れます。

温泉病院の行き帰りに山梨県を堪能させていただいていると思います。桃源郷に始まり、お花は奇麗だし果物は美味しいし温泉も‥。足の悪いことで困っている以上に私の場合は楽しませていただいていることの方が多いと思います。足のリハビリに温泉病院に‥という大義名分があるので出来ることだと思います。なかなか遊びにだけは出にくいです。

夏休みとあって河口湖周辺も渋滞するぐらい賑わっていました。温泉病院のレポートを書くにはちょっと疲れちゃっているのでお花の写真をきょうの日記にしておこうと思います。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-08-30 20:48

8月28日 高校時代の日記

一週間ばかりロシアに出かけていた夫が本日戻る予定。留守宅に置いておく予定表も今回はありませんでしたし以前はよく入って来た「無事現地に到着」みたいな一報もありませんでした。お昼頃には成田に着くと聞いたように思うのだけれど、この分だと連絡無しで帰宅するのかもしれません。今はどこに居ても携帯電話が通じる時代になったのでこまめな連絡も必要なくなりましたよね。それにしても夫不在だとどうして毎回家の中がこう乱雑になるのだろう‥と思いながら片付けに励んでいます。

夫の不在中に「あれもしたい。これもしたい。」と思っていたのだけれど半分も出来ませんでした。昔書いた日記、「自分がこの世を去った後に残すのも恥ずかしいので処分しよう。」と思い立ち、少しづつ読み返してはシュレッダーにかけています。今回は高校3年生頃の日記一冊処分しました。その中に<私の将来のダンナさま」という紙がはさんでありました。読んで笑っちゃったのです。なんだかあまりに現実的で結婚への夢が無いというのか‥。

暴力を振るわない人/転勤のあまり無い人/親戚付き合いのうるさく無い人/心身ともに健康/運動経験者(できれば運動部経験者)/酒癖の悪く無い人/できれば自炊の経験のある人/お料理にうるさくない人/みみっちく無い人/精神的に大人であること(頼れること)/我慢強い人/堅実であること(派手な人はイヤ)/打算的じゃない人/両親の仲が良いこと(家庭円満)/身長170センチ

昨日、10歳年上の浦和に住んでいる従姉妹とランチしながらその話をしました。私の母の叔母たちがそれぞれ結婚ですごく苦労して、母の娘時代、その伯母たちが入れ替わり立ち代わり姉である祖母を頼って実家に戻って来ていたそうなのです。それをなだめすかして嫁ぎ先にまた戻していたそうで母は「結婚ってこんなに大変なものなんだ。」と思っていた話を私は幼い頃から繰り返し聞かされて育ちました。叔母の一人は卒業後の同窓会に行ったら苦労のために顔つきが変わっていて誰だかわかってもらえないほどだったという話までも。‥なので私も「結婚というのは並大抵のことではない。」みたいだったような気がします。

それにしても10代なんだから「ハンサムな人」とかいうような娘らしい夢があっても良さそうに思うのだけれど<酒癖が悪く無い人><暴力を振るわない人>みたいなのはその叔母たちの話から来ていたのだろうなぁと思います。今の夫はすべてクリアーしているなぁと思いました。引き寄せの法則で「昔描いた夢の家が何十年かぶりに出て来たらその通りの家に今住んでいる」みたいな体験談をよく読みますがそうしてみると今の夫も引き寄せたのかもしれないと思いました。

昨日ランチした従姉妹は今「何も楽しいことがないの。」と言うのです。お茶もお花もきめこみ人形作りみたいなこと始め沢山趣味があった人でしたのに。学生時代にはハワイアンバンドまで組んで華やかにしていたのでしたから「ウクレレ教えたりできないの?」と聞いてみたら「もう忘れちゃった。それにタコができるぐらいまで弾きこむのよ。」みたいなことでした。「ギターも弾けたの?」と聞いてみたら「サイドギターでウクレレよりギターの方が得意だった。でも忘れちゃった。み〜んな忘れちゃった。」とのことでした。勿体ない。ウクレレって今高齢者の間で人気ありますものね。

大学一年の始めまでの日記。大学一年の初めてかもしれない部活の資金集めのダンスパーテイーで壁の花みたいになっていた私に声をかけてくれた人が居て、その人の名刺が貼ってありました。学生なのに〇〇大学という肩書きの名刺を持っていること自体がおぼっちゃまですが、当時フォルクスワーゲンに乗っていて送ってくださったらしいのです。(そうだったかしらと忘れちゃっている)その後、一度だけデートをしたのだけれど、何しろ私は都会にノコノコ出て来た田舎の子みたいなことでしたので、会話もそうはずむわけでもないしそれきりになりました。

名刺を見たその人の近況がどこかでわかるかしら?とネットで検索してみたら都内の中学の同窓会に出席できないので代わりに最近の自分の写真をというのが載っていました。どことなく20歳の頃の面影も残っていました。映画か何かで若い頃から老け役みたいまで演じたりするような感じで、私からしたら20歳からいきなり62歳‥というのを見て感慨深いものがあります。相手はもう忘れちゃっているでしょうけれど。JRの某駅近くの大きな病院のご子息でしたので、その病院を見ると「どうしているかしら?」とちょっと胸がキュンとなっていました。思いがけず近況がわかったのは嬉しい気がしました。良い写真で充実した幸せな人生を過ごされているようでほのぼのした気持ちになりました。

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処分した日記の表紙と途中のイラスト。これは高校時代のボーイフレンドからのお誕生日プレゼントでした。四葉のクローバーもはさんでありました。どこで採ったのか全く記憶にありません。メモぐらいそえておけば良かった‥と思います。けっこう大きなクローバーですよね。

‥と書いている所に夫帰宅しました。お風呂用意してあったので今入浴中。明日私は入れ違いで温泉病院に行ってきます。

だいじょうぶ!
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# by sky-lavender | 2012-08-28 13:16